幻想とわかっていても

幻想とわかっていても

この世界が幻想ということを知って3年以上がたち

量子力学とか波動とか、科学的知識やエネルギー的なものも少しわかるようになってきて

俯瞰的に物事を捉えられるようになってきたのだけど

自分では理解して、わかってると思っていても

それでも、今思えば、現実に入り込むという事を、結構繰り返しやってきていた。

特に、感情面、親密な関係性の人に対してが強くあった。

それから、お金や仕事のこと。

自分では俯瞰してみて、切り替えて、をやっていて、現実に入りこんでないとすら、思っていた。

だけど、今思えば、片足は沼に浸かっていた感覚。

そして今、そこから抜けた。

抜けたからこそそれに気づいた。

どうしてそうなったのか?といえば、TAをやっているから、それが自然にわかるようになったという事になってしまうけど

この意識でこの世界を生きるということをマスターする事も

この物質世界で行う以上、モノづくりをしたり、何かを学んだり、スポーツをしたり、筋肉をつけるのと同じように徐々に徐々に変化していく、ということ。

まずはひらがなを学んでからカタカナ、漢字、と、繰り返し何度も書いて練習し、実際に使う事で記憶が安定するように、

スピリチュアル、この見えない世界の、宇宙のしくみもまた、本当の意味で理解し、自分のものになり、現実が変化するのには、それが大きい事である程時間がかかる。

いわゆる見えたり聞こえたり、霊感がある人も、同じ。わかるから楽に生きられるという事はなく、わかるからこそ、苦労や経験を通して変化していく。

ただ、私たちが得意なものや好きなもの、体の形や大きさが違う様に、その学びステップも、その人それぞれ、経験が違う。わたしはそう思っている。

わたし自身、今、抜けた、と言ってもまた繰り返すこともあるかもしれない。ただ、それが見えるようになった事、そこの世界が見えたら早い。沼に浸かりっぱなしになる事はもうなく、次へ行けるし、またそれを繰り返す事で気づいた時にはそうならなくなるだろう。

こうして小さなステップを積み重ねて行くことが、結果として最短ルートだという事を、振り返るとわかる。

それは、過去の自分が積み重ねる事で成長してきたという事実。

執念深くやり続けた英語、絶対やると決めた肉体改造。

どちらも最短ルートは諦めず続ける事だった。その時間があったから、どちらも、今も自分の中の当たり前になった。その経験を通らずして今のわたしはいないし、その過程で得られたものが大きい。

スピリチュアルもそれと同じこと。

やらなければいけないことを頑張るのではなく、やりたい、楽しいを選んで日々を生きていく事。自分のやりたいを叶えてあげる事を頑張る。その時その時の最適バランスを見極めて、その見極めを失敗したとしても、それすら人生のネタでしかなく、とにかくこの地球を楽しんで生きれば良いやっ。と、吹っ切れた9月でした。

まえをむいていこー!