言葉のラベルをつけることは安心感につながるけど、気をつけた方がいいこと

言葉のラベルをつけることは安心感につながるけど、気をつけた方がいいこと

まどきゃです

このタイトルを見てもうピンときた人もいるかもしれない。

わたしは、以前にも書いたけど、基本的にラベル(枠)はいらないと思っている

わかりやすいのは結婚。夫婦というラベル。

恋人 というラベル。

ゲイというラベル。

女子高生というラベル。

先生というラベル。

みなさんもご存知の通りこの世にはそういう、自分だったり、人との関係性にラベルをつけるということがごまんとある。

その肩書きだったり、関係に名前をつける事はわかりやすさでもあるけれど、一種の安心感だったりする。

最近、スピリットメイトという、人間関係における一つのフレームを自分たちにつけるということをした。

そして、わたしはそのスピリットメイトという誰かが作ってくれたラベルによって

安心感というか、納得したことを思い出した。

それまでは、経験したことのない感覚と感情に戸惑い、これは何だろうね?と2人でなっていた

だから、そういう言葉をつけてもらうことでそっか。っていう変な納得と、何だこれ〜と思うことが減ってかなり落ち着けた。

セクシャルマイノリティもそういうところがあると思う。

ゲイなんだとか、トランスジェンダーなんだとか、ラベルがあるとなんか安心する

昨今よく聞くHSP(繊細さんと言われたりしてますね)とかもそうだし

エンパスもそう。

昔は変な人とか思われたものに病名だったり種類ができてそれだったんだと知って楽になる。

夫婦とか恋人は、少し角度が違うけど、それも安心感だ。

だけど、相手がいる場合、安心感と同時にそのラベルによるこうあるべきとかこうして欲しいとかの感情も生まれる。

全てのラベルに共通して言えるのはそれを外した時の自分でも愛せるのかということ。自分は、人として、ありのままで価値があると思えるかということ。

そもそも、個人的には、本当に相手を想っていればラベルや、契約など必要ないと感じている。

こういう相手がいる自分とか、こういう肩書きのある自分じゃなくて、それがなくてもわたしがその人を好きでいい。本当の信頼関係ができた人とは自然と一緒にいることになる。

つまるところ、気をつけた方がいい、とわたしが思うのはその言葉に囚われすぎていないか。その言葉の誰かになろうとしていないか。ということ。

そのラベルがついたわたしも楽しい。それが無いわたしもまたいい。自分が自分で立っていればそれだけでいい。

そうなれたら、そのラベルがあろうがなかろうが、わたしたちの人生は最高に幸せだと思う。

今は一般とずれた価値観なのかもしれないけど、そう感じている人はどんどん増えていると思う。わたしはそれが当たり前になる世界が見たい。

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